上杉鷹山に学ぶ人材育成・組織づくり

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こんにちは、アイ・コンサルティングの谷川宏樹です。

 

これまで「○○○の重要性シリーズ」を12回に亘ってお伝えしてきましたが、今回から、シリーズが変わります。これからは「偉人に学ぶ人材育成・組織づくりシリーズ」として、今回第1回のテーマは「上杉鷹山に学ぶ人材育成・組織づくり」です。

 

上杉鷹山は、学生時代の歴史の授業では、大きく取り上げられることはなかったかと思いますが、この言葉は有名です。

 

 

「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」

 

 

アメリカのケネディ元大統領が日本人記者団から「最も尊敬する日本人は誰ですか?」と質問された際に「上杉鷹山」と答えた、というエピソードがあります。

 

 

面白いですよね。日本人の誰もが知っている織田信長や徳川家康、坂本龍馬や西郷隆盛などではなく、また歴史上の人物で上杉といえば上杉謙信が想起される方が多いと思いますが、アメリカの大統領が、尊敬する日本人は「上杉鷹山」と答えたのです。日本人記者団は誰も上杉鷹山を知らず、誰だ?誰だ?となって慌てふためいた、なんて話があります。

 

 

上杉鷹山は、江戸時代中期の米沢藩(現在の山形県米沢市)の藩主で、当時、財政難で存続の危機にあった米沢藩を再建させた人物です。

 

 

元々上杉家は、会津120万石の領地だったのですが、関ケ原の戦いで西軍に味方したことから、米沢30万石に減らされ、さらにその後、半分の15万石にまで減らされます。藩の税収が激減する中で、藩士の人員整理を行なってこなかったため、財政は大変苦しくなり、莫大な借金を抱えた状態だったそうです。

 

 

これは例えてみれば、12億円の売上だった会社が、人件費はそのままの水準で、売上が1.5億円になってしまっている(87.5%減)、その上すでに借金まみれという、経営者としては、青ざめて途方に暮れ、夜も眠れないような非常に厳しい状況ですよね。

 

 

この状態で、上杉鷹山が17歳の頃に家督を継ぎ、瀕死の藩を建て直したわけです。とてつもない偉業です。

 

 

その再建の詳細の一つ一つはここでは書きませんが、自分の俸禄(給与)を半分に減らし、食事は一汁一菜、衣服は絹でなく綿にするなど、自ら徹底して倹約に努めて模範となり、一方で将来への投資や教育にはしっかりとお金を使って産業を育て、荒んでいた農民の心も復興させました。

 

 

上杉鷹山は、財政を再建させるにしても、民を教育せずに行なうのでは労多くして実りが少なし、と考え、特に教育には力を注ぎます。

 

 

上杉鷹山が民への教えとして定めた「伍十組合の令」がありますが、これこそが、上杉鷹山が正しい国の在り方としたもので、その内容は以下のようなものです。

 

 

農民の天職は、農(農作物を作る)、桑(蚕を育てる)にある。これにいそしみ父母と妻子を養い、お世話料として税を納める。しかし、これはみな相互の依存と協力とをまってはじめて可能になる。そのためにはある種の組合が必要である。すでに組合がないわけではないが、十分頼りになるものではないと聞いている。そこで、新たに次のような「伍十組合」と「五か所組合」を設ける。

 

1. 五人組(戸主のみを数える。以下同じ)は同一家族のように常に親しみ、喜怒哀楽を共にしなければならない。

2. 十人組は、親類のように、互いに行き来して家事に携わらなければならない。

3. 同一村の者は、友人のように助けあい、世話をしあわなければならない。

4. 五か所組合の者は、真の隣人同士が互いに、どんな場合にも助けあうように、困ったときは助けあわなければならない。

5.
① 互いに怠らず親切をつくせ。
② もしも、年老いて子のない者、幼くて親のない者、貧しくて養子の取れない者、配偶者を亡くした者、身体が不自由で自活できない者、病気で暮らしの成り立たない者、死んだのに埋葬できない者、火事にあい雨露をしのぐことのできなくなった者、あるいは他の災難で家族が困っている者、このような頼りのない者は、五人組が引き受けて身内として世話をしなければならない。
③ 五人組の力が足りない場合には、十人組が力を貸し与えなければならない。
④ もしもそれでも足りない場合には、村で困難を取り除き、暮らしの成り立つようにすべきである。
⑤ もしも、一つの村が災害で成り立たない危機に陥ったならば、隣の村は、なんの援助も差し伸べず傍観していてよいはずがない。五か村組合の四つの村は、喜んで救済に応じなければならない。

6.
① 善を勧め、悪を戒め、倹約を推進し、贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合をつくらせる目的である。
② 田畑の手入れを怠り、商売を捨てて別の仕事に走る者、歌舞、演劇、酒宴をはじめ、他の遊興にふける者があれば、まず五人組が注意を与え、ついで十人組が注意を与え、それでも手に負えないときにはひそかに村役人に訴えて、相分の処分を受けさせなければならない。

 

 

実は、私が組織づくりとして目指したいと思う姿が、まさにこれです。

 

 

自分一人で事業を営んでいる状況から、人を雇って組織へと変わった時、あるいはその組織の規模がだんだん大きくなってきた時に、最も恐ろしいことが、自分の責任範囲以外のことに対する無責任、無関心だと思います。

 

 

例えば、「新製品を開発して1億円の売上を上げる」というプロジェクトを発足したとします。

 

 

前線で顧客のニーズに触れる機会の多い営業部が開発部に向けて「こういう仕様の製品が良いだろう」と打診し、それを受けた開発部が「この仕様では1億円も売上げるのは難しいのでは?コスト上昇により価格が上がってでも、もっとインパクトのある機能を付けるべきでは?」と考えたとします。

 

 

しかし、開発部が正しい考え方をしていなければ、こんなふうに考えるかもしれません。

 

 

自分たちの主張により作ったモノが売れなければ自分たちが責められる、でも、営業部が言ってきた通りのモノを作っておけば、もしそれが売れなくても強く責められるのは営業部だろう、よし、余計なことは言わずに、営業部の示してきた通りのモノを製作しよう。

 

 

・・・ということです。

 

 

これは酷過ぎる例かもしれませんが、ここまでのことでなくても、組織の中で、自分の責任を回避しようとする行動や、自分の責任でなければどうでもよい、ということは多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

 

 

やはりそうでなく、部下が困っていたら助ける、自分の隣の社員が困っていたら助ける、上司が困っていたら助ける、隣の部署が困っていたら助ける、全てが他人事ではなく我が事である、皆で助け合い、協力しながら進んでいく、そんな組織が良いな、と心から思っています。

 

 

弊社の経営理念の中で3番目に「この会社で働く人たち一人ひとりの幸せと人間的成長を追求し、互いにそれを支え合う。」というものがあります。共に働く仲間一人ひとりが幸せであることを願っていますし、人としての道を外れるようなことがあれば互いにそれを注意し合い人間的成長を支え合います

 

 

この理念については弊社の内部のことを言っていますが、支援先の支援においても、強固な信頼関係、固い絆で結ばれた全社一丸の会社に少しでも近付けられるような、そんなお手伝いをしたい、と強く思っています。

 

 

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